※はじめに
この度の地震により、八代宮をはじめ被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。本記事は被害を受ける前の4月に訪問した際の記録となりますが、復興への祈りを込めて、当時の美しく荘厳な姿をお届けいたします。
熊本旅行記、4月の九州旅行で八代市に足を延ばし、国指定史跡「八代城跡」とその本丸跡に鎮座する「八代宮」を訪れました。あいにくの雨模様でしたが、しっとりと濡れた石垣や堀が風情ある景色を見せてくれました。
続日本100名城のスタンプとお出迎え
城跡へ向かうと、熊本の営業部長・くまモンがお出迎え。実は八代城の石垣は、江戸時代から昭和にかけて度重なる災害のたびに何度も積み直されてきた不屈の歴史を持っています。その説明をくまモンがしてくれているようですね。
まずは八代の歴史を伝える「八代市民俗伝統芸能伝承館 お祭りでんでん館」へ立ち寄り、続日本100名城のスタンプをゲットします!
ここはその名のとおり民族の伝統芸能を継承するために資料を展示している施設です。いろいろな展示物もあるので少し時間をとって立ち寄るのがおススメです!
ベンチにもちょこんと座るくまモンと一緒に写真を撮れるスポットです。両側に座ってくまモンをはさんで写真が撮れるので、家族での思い出に最適ですね。
城めぐりの前に少しほっこりしつつ、いざ歴史の世界へ足を踏み入れます。
石垣と堀の美しい景色
あいにくの雨でしたが、水鏡のように木々を映すお堀と、雨に濡れてしっとりと色を深めた石垣が息を呑むほど綺麗です。八代城の石垣は地元の白い石灰岩が多く使われており、晴れた日には輝くような白さを見せていたそうです。
八代宮の石碑から北参道神橋へ
石垣の上の散策と櫓跡
石段を登って、実際に石垣の上を探検します。八代城は1619年、大地震で崩壊した麦島城に代わり加藤正方によって築城されました。その後は細川氏の筆頭家老である松井氏が代々城代を務め、この地を治めてきました。
石垣の上は結構な高さがあるにもかかわらず柵が一切ありません。「堀へ転落しないでください」という立て札がある通り、下を覗き込むと足がすくむほどのスリル!実践を想定した防御力の高さが身をもって体感できます。
さらに進むと「三階櫓跡」があります。八代城にはかつて大きな大天守が存在していましたが、1672年に落雷で焼失してしまい、その後は再建されませんでした。そのため、この三階櫓などが城の象徴的な役割を果たしていたと言われています。
高麗門跡と欄干橋跡、そして外からの眺め
橋と門を堀の外から見た景色もとてもかっこいいですね。南の強大な薩摩藩(島津氏)に対する最重要の防衛拠点として築かれた、要衝中の要衝たる風格が漂っています。
本丸東側に位置する「高麗門(こうらいもん)の虎口」は、城内でも最大の防御力を誇る「表枡形(おもてますがた)虎口」という非常に厳重な構造をしています。
江戸時代、徳川幕府は「一国一城令(1つの国に城は1つだけ)」という厳しいルールを敷いていました。しかし、この肥後国(熊本)だけは例外として、熊本城のほかにこの八代城の存続が特別に認められていたのです。
また、もともとこの地には「麦島城」がありましたが、1619年の大地震で崩壊。その後、現在の場所(松江)に新たに築城されたのが今の八代城です。過去の震災を乗り越えて築かれ、明治時代の廃城を経て、本丸跡に建武中興ゆかりの「八代宮」が創建されました。
本丸跡に鎮座する八代宮へ
そしてこちらが八代宮の本殿です。地元では親しみを込めて「将軍さん」と呼ばれています。旧官幣中社としての風格と気品に満ちた美しいお社です。
※7月28日 - 令和8年熊本地震が発生し、拝殿が倒壊しています
大地震で倒壊した麦島城に代わって築かれた歴史の重みと、幾多の災害を乗り越えてきた人々の力強さを肌で感じる旅となりました。
一刻も早い復興を願っております。
















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