鹿児島旅行記の続きです!
桜島からのフェリーを降りると、すぐ目の前に「いおワールドかごしま水族館」が見えてきます。そのお庭の一角に、ぽつんと可愛らしい白い潜水艇が展示されていました。実はこれ、ものすごい記録を持った船なんです。
驚異の記録を持つ「ふね遺産」!自航式有人潜水艇「はくよう」
この船の名前は自航式有人潜水艇「はくよう」。案内板や「ふね遺産」の認定証を読むと、日本の海洋調査の歴史を切り拓いた偉大な船であることが分かりました。
🚢 「はくよう」のすごいウンチク
1971年に建造された、日本初の小型水中作業船(有人小型潜水調査船)です。定員は操縦者1名、乗員2名の計3名で、なんと最大深度300メートルまで潜ることができました。
一番驚くべきは、2013年に引退するまでの42年間で、延べ8,134回という驚異的な総潜航回数を記録したこと。大陸棚開発のための第一船として長年活躍し、民間有人潜水艇として日本初の「ふね遺産」に認定されています。
繁華街「天文館」のルーツ!蘭癖大名・島津重豪
水族館を後にして、次は鹿児島の中心地である繁華街「天文館」の街中へ繰り出します。アーケードを歩いていると、立派な銅像を発見しました。
指を差して空を見上げるこの銅像、一体誰だと思いますか?
正解は、江戸時代後期に薩摩藩の第8代藩主を務めた島津重豪(しまづしげひで)です。
🔭 「天文館」という地名の意外な由来
島津重豪は西洋科学を愛好し「蘭癖(らんぺき)大名」と呼ばれました。彼は教育・学問の振興に力を入れ、藩校「造士館」や武芸の「演武館」、医術の「医学館」などを次々と設立。
中でも天文学や暦学を研究させ、独自の「薩摩暦」を作るために建てたのが「明時館(めいじかん)」、別名「天文館」です。そう、現在の鹿児島市の繁華街「天文館」の名前は、彼が作ったこの天体観測・暦学の研究施設が由来なんです!彼が撒いた教育の種が、後の明治維新の原動力となりました。
不屈の元祖リケジョ!丹下梅子誕生の地
さらに天文館周辺を散策していると、もう一つ興味深い石碑を見つけました。
「丹下梅子(たんげ うめこ)」というお名前、皆さんはご存知でしたか?
明治から昭和にかけて活躍した日本の栄養学者・食品化学者なのですが、彼女の経歴を知ると、そのバイタリティに圧倒されます。
🔬 日本初の女子大生!元祖リケジョのパイオニア
女性への高等教育の門戸が閉ざされていた1913(大正2)年、東北帝国大学が日本で初めて女子の入学を認めました。丹下梅子は見事にこれに合格し、日本初の女子大学生(女子帝大生第一号)の3人のうちの1人となりました。当時なんと41歳での挑戦です。
さらにその後渡米し、54歳でジョンズ・ホプキンス大学で理学博士号を取得。帰国後はビタミンの研究に没頭し、67歳で東京帝国大学から農学博士号を授与されました。男性でも異例の日米両国での博士号取得という大快挙を成し遂げた、不屈のスーパーウーマンなのです!
締めは絶品ご当地グルメ!「麺屋あぶらや」
ディープな鹿児島の歴史を学んで頭を使ったら、お腹が空いてきました。
天文館での締めくくりは、やっぱりラーメンです!
今回訪れたのは、赤い暖簾が目を引く「麺屋あぶらや 天文館本店」さん。
注文したのは、ガツンとスタミナがつきそうな「黒牛骨白湯らーめん」です!
🍜 豚骨ならぬ「牛骨」!旨味炸裂のこだわりラーメン
鹿児島ラーメンといえば豚骨が主流ですが、「麺屋あぶらや」さんは珍しい「牛骨」ベース。九州産牛脛骨を10時間強火で炊き上げた白濁スープは、一切臭みがなく、芳醇な甘い香りと深いコクが特徴です。
私が頼んだ「黒牛骨白湯らーめん」は、そのまろやかな牛骨スープに、香ばしいマー油(焦がしにんにく油)がパンチを加えた至極の一杯!自家製麺に、鹿児島カネヨ醤油で低温調理されたレアチャーシューも相性抜群で、お箸が止まりませんでした。
知られざる偉人たちの足跡をたどり、美味しいご当地ラーメンでお腹を満たす。大満足の鹿児島市街地散策でした!
次回は鹿児島のB級買い食いグルメの予定です。お楽しみに!😀
鹿児島市内の観光やフェリー乗り場への移動には、拠点のホテル選びが重要です!私はYAHOOトラベルを利用してアクセス抜群のホテルを予約しました。美味しいご当地グルメのお店への移動もスムーズになり、旅行の満足度がグッと上がりますよ👍







コメント
コメントを投稿