前回の記事でご紹介した国指定史跡「知覧城跡」を満喫した後は、そこからほど近い場所にある知覧武家屋敷群を見学してきました。
山城の荒々しさとは打って変わって、息を呑むほど美しい日本の伝統美が広がっています。
知覧の武家屋敷は、約260年前に造られた町並みがそのまま残っており、「薩摩の小京都」と呼ばれています。最大の特徴は、周囲の山々(母ヶ岳など)の姿を庭園の背景として取り込む「借景(しゃっけい)」の技法。琉球庭園の影響も受けており、整然と積まれた石垣や美しく刈り込まれた生垣が続く通りは、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
重厚感あふれる茅葺屋根「旧高城家住宅」
実はこの建物、知覧武家屋敷群内に2つしかない茅葺(かやぶき)屋根を持つ貴重な物件なんです。ドッシリとした茅葺屋根からは、武家の重厚な歴史がひしひしと感じられますね。
内部の造りも非常に特徴的で、なんと玄関が12畳という広さ!
正確な建設年代は明らかになっていませんが、床(トコ)がやや浅い造りになっていることや、天井が低いことなどの建築的特徴から、明治中期にはすでに建てられていたと推察されています。古い調度品もそのまま残されており、美しく整備された庭を眺めながら当時の暮らしに思いを馳せることができます。
いざ、知覧城の出城「亀甲城跡」へ!
さて、美しい武家屋敷で心を癒やされた後は、再び城郭ファンの血が騒ぎ出します(笑)。
次なるターゲットは、続日本100名城にも入っていない超マニアックな山城「亀甲城跡(きっこうじょうあと)」です!
知覧城跡の「出城」として機能していたとされる山城です。地形が巻貝の蜷(にな)に似て螺旋(らせん)状になっていることから、別名「蜷尻城(になじりじょう)」とも呼ばれています。中世城郭のロマンを感じる、尾根を遮断する空堀や土塁などの遺構が残っている……はずです!
意気揚々とアタックを開始しましたが、知覧城に続いてまたもや険しい山道を登るハメに。螺旋状の地形というだけあって、なかなかハードな道のりです。
事前の調べでは、山城の山頂に昭和8年(1933)に建てられた「南朝義臣知覧氏彰忠碑」という立派な石碑があるとのこと。地図上では確実にこの辺りのはずなのですが……。
いくら探しても見つかりませんでした(´;ω;`)
道がどこなのかも分かり難い山道で、案内標識もないので途方にくれました。
自然に還りつつある中世城郭あるあるですね。これもまた山城探検のリアルな醍醐味です。
諦めきれずに河原へ…そこで見つけたものは!?
石碑は見つからず無念の撤退。麓(ふもと)を流れる川の河原まで降りてきました。
しかし、ただでは転びません。ふと河原から山側を見上げてみると……なにやら意味ありげな石垣が積まれています。この形状、お城の出入り口である「虎口(こぐち)」っぽい見た目をしていて、ものすごくテンションが上がりました!
こうした「これって遺構じゃないの!?」という発見があるから、マイナーな山城跡巡りはやめられないんですよね。
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